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大阪高等裁判所 昭和26年(う)763号 判決

控訴人 和歌山地方検察庁検事正代理検事 石原鼎

被告人 大川正男 外五名

弁護人 安達勝清

検察官 折田信長関与

主文

被告人富田浅雄に対する検事の本件控訴は之を棄却する。

原判決中被告人大川正男、渡辺玉夫、守安義一、西本芳太郎及び額田寛一に関する部分を破棄する。

被告人大川正男、渡辺玉夫、守安義一、西本芳太郎及び額田寛一に関する本件はいづれも之を和歌山地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。

第一、被告人守安義一について。

検事は、原判決は被告人守安義一の本件公訴事実中第一の(四)法定外選挙運動費用支出、第二の(一)法定外飲食物提供の部分について、本件起訴状において訴因が特定されていないから本件公訴提起は不適法であり、不適法な起訴状は予備的訴因追加の形式で補完することは許されないとの理由で公訴棄却の判決をしたけれども、(一)本件起訴状は適法である。若し原審裁判官が本件公訴提起を不適法と考えたならば、事実審理に入るに先立つて公訴を棄却すべきである。(二)本件公訴事実は包括一罪である。(三)たとえ、本件公訴事実が併合罪であるとしても、一覧表によつてその内容が明らかであるから、右一覧表中第一事実について有罪の判決をなすべきである。(四)本件公訴事実について原審裁判官は検察官に対し、包括一罪なりや併合罪なりやを釈明すべきであるのに、漫然事実審理を終了したのは違法である。(五)包括一罪として起訴した場合その訴因を併合罪に変更することは適法であると主張する。よつて案ずるに、先ず被告人守安に対する本件公訴事実中第一の(四)法定外選挙運動費用支出、第二の(一)法定外飲食物提供の犯罪が、包括一罪であるか併合罪であるかの点を考えてみるに、犯罪の個数は犯罪の日時、場所、被害法益の単一その他各具体的の情況を審査した上で、一群の行為を同一犯意の下に犯された一個の犯罪と認められるかどうかにより決すべきものと考える。検事主張の如く、特定選挙における特定候補者のための選挙運動として、なされたものであれば、これを包括して一罪とする考え方には、たやすく賛成はできないのであつて、通常の場合は寧ろ犯罪の日を異にするに従つて、別罪を構成するものと認めるのが相当であると考える。ただ本件事案において特別の事情として考えられる点は、被告人守安が被告人渡辺を通じて被告人大川から二回に亘つて受領した合計金四十万円の金員は特定している点である。かように、特定した金員を特定の候補者のための選挙運動に使用する場合においては当該金員授受の当時に、既にその将来における多数回に亘る使用を予定しているのであるから、その金員の使用の範囲内に限り、単一犯意に基く一個の犯罪と認めることを相当とする余地が多分に存するように考える。(検事の予備的訴因はこの考え方によるものと認められる。)

以上説明の通り、被告人守安に対する前記公訴事実を包括一罪と認めるか併合罪と認めるかは、極めて困難な問題であつて、結局諸般の事情を審査した上でなければ決定できないところである。かような場合に、検事が包括一罪として起訴した場合の訴訟上の取扱をどうすべきかを次ぎに考究しよう。いうまでもなく、刑事訴訟法第二百五十六条所定の公訴提起の方式としての公訴事実の記載は訴因明示の方法によるべきものと定められており、いうところの訴因は特定の社会的事実がいかなる構成要件に該当するかに関する検事の認定によつて構成されるものである。従つて当該起訴状の記載が適法であるかどうかの決定は検事の認定を前提とするものであつて、裁判所の審理の結果によるものではない。いいかえると、訴因の特定ということは審判の範囲を特定するためのものであつて、講学上いわゆる刑事訴訟の手続面の問題である。裁判所は実体面においては検事の認定に拘束されないこと当然であるから、検事が包括一罪又は科刑上一罪として起訴した事案であつても審理の結果、裁判所が実体法を適用するに当つて併合罪と認めることは自由である。さればこそ、検事によつて明示せられた訴因といえども絶対的なものではなくて、公判手続の過程において適宜修正することも許されているのである。(刑事訴訟法第三百十二条)また、裁判所としても、若し原審のように審理の結果、本件公訴事実が併合罪の関係にあるものと考えるならば、所論の一覧表によつて包括一罪の内容である個々の行為は釈明されているのであるし、審判の対象は公訴事実なのであるからその同一性を害しない限度において、予備的訴因の追加を促し又は命じ、以つてこの点につき双方に攻撃防禦の機会を与え、審理を尽すよう訴訟の指揮をなすべきである。(刑事訴訟法第三百十二条第二項)しかるに原審が訴因の補充追完は公訴提起後には許されないと解して公訴棄却の判決を言渡したのは、訴因及び訴訟指揮に関する法理を誤解したものである。その法令違反は判決に影響を及ぼすから原判決は破棄を免れない。

検事は、たとえ本件公訴事実が併合罪であるとしても一覧表によつてその個々の行為の内容が釈明されているのであるから、裁判所はこれに基ずいて有罪判決をすべきである旨主張し、さような学説も見受けるのであるが、当裁判所としては前に説明した通り被告人に十分な防禦の機会を与えるために、予備的訴因の追加の方法を採るべきものと考える。

第二、被告人大川正男、渡辺玉夫について。

先ず、公職選挙法第百八十七条所定の選挙運動費の支出には飲食物提供のような不法選挙運動に関する支出を含まないと説示した原判決は法律の解釈を誤まつたものであるとの検事の主張につき案ずるに、当裁判所も亦原審と同じく、公職選挙法第百八十七条にいわゆる選挙運動の費用とは、同法に規定せられた選挙運動方法の制限内における適法な選挙運動のために必要である費用だけを指し違法な選挙運動の費用は之を包含しないと解するを相当と考える。思うに公職選挙法は選挙の公正を期するために、選挙運動に関する支出金額の制限について厳重な規定を設けている(第百九十四条)。しかしてその規定を励行するためには、特定候補者の選挙運動に関する支出の総額を明確に把握する必要のあることは当然である。従つて法は第百八十七条と第百九十七条との規定を設け、当該候補者の選挙運動に関する支出は総て出納責任者のルート一本を通じて支出さるべきものとして、第三者からする選挙運動に関する支出を禁止しているのである。故にここでいう支出又は費用は、本来ならば出納責任者のルートを経て支出せらるべきである費用、即ち正当な選挙運動費用だけを指称するものであること明瞭である。違法な選挙運動費用はそれぞれの罰則殊に第二百二十一条の規定によつて取締られることが多かろう。

よつて第百八十七条にいう、選挙運動に関する支出が、違法な選挙運動費用をも包含するものであるとの検事の主張には、当裁判所は賛成できないのである。

しかしながら原判決説示のように、飲食物提供のための費用支出であれば全て違法な選挙運動の費用と解すべきかどうかは別の問題である。たとえ飲食物提供のための費用支出であつても、選挙運動員や労務者に対して、その労務に対する正当の対価としてならば、実費や報酬を支払つてよいことは一般に認められているところであるから、これらの者に支払われた弁当代、茶菓料等はその地方の実情に応じた額であれば、適法な選挙運動費用と言えるのである。従つて原判決が認定した被告人大川、同渡辺の本件金員交付の趣旨が仮りに正当であるとしてもその理由だけで無罪の言渡をするのは早計に失する。いわんや、検事主張の如く右金員交付の趣旨が他の正当な選挙運動費用に充てられることの趣旨をも含んでいたものとすれば、いよいよ個々の支出行為につき、それぞれ検討を加えた上でなければ、罪責の有無は決しられないのである。従つて原審が本件公訴事実についてその判示のような認定をなし、無罪の言渡をしたのは法律の解釈を誤り、且つ事実を誤認した違法があるやうに認められ、その瑕疵は判決に影響を及ぼすので破棄を免れない。

なお、検事は、原判決は被告人大川及び渡辺に対して検事のした予備的訴因の追加に対し公訴事実の同一性がなく、仮りに然らずとするも起訴当時に予備的訴因の事実が特定していなかつたので、これは後日補充追完できないものであるから、右追加は不適法であると説示しているけれども、刑事訴訟法第三百十二条の解釈を誤つたものであると主張する。よつて記録を調査するに、検事は最初に(一)被告人大川が五月九日及び同月二十七日高木候補の選挙運動に関する費用として各二十万円を被告人渡辺に交付し、(二)被告人渡辺は右同日各二十万円を被告人守安に交付したとの事実について起訴し次いで公判において、被告人大川は被告人渡辺に同被告人は被告人守安に順次金二十万円宛を二回に合計金四十万円の資金を交付し、以つて右被告人三名共謀の上被告人守安において五月十一日頃から六月三日頃迄の間に金三十九万八千百六十五円を支出した旨の訴因を予備的に追加しているのである。そこで右二つの訴因に公訴事実の同一性があるかどうかについて考えてみるに、最初の訴因は被告人大川から被告人渡辺にそれから更に被告人守安に現金を交付した事実であるのに対し、予備的訴因はかくして被告人守安の受けとつた右現金を被告人大川及び渡辺と予め共謀の上支出して費消したというのである。従つて均しく高木候補の選挙運動に関し、同一の現金について交付から費消えと発展したにすぎないのであつて、社会通念上同一事実と解して差支えなく、両訴因の公訴事実はその基本的事実関係において同一性を失つているものではない。従つて本件予備的訴因の追加は、これを許すべきであるから、原判決は刑事訴訟法第三百十二条を誤解したものであつて、その違反は判決に影響を及ぼすものと認められるので、破棄を免れない。

第三、被告人西本芳太郎及び額田寛一について。

検事は、原判決は被告人西本及び額田が被告人守安に対し現金五十万円を交付した事実を認定した上、守安は日通和歌山支店長代理で、被告人西本及び額田はその下僚であり、その他の事情を考えて同被告人等の金員交付は、独立の意思に基く独立の支出行為ではなく、守安の選挙運動に関し現実の支出を容易ならしめてその犯行を幇助したものであると説示しているが、それは事実の誤認であつて、実は正犯であると主張する。よつて記録を調査するに、被告人西本は経理課長であつて現金の支出につき独立の権限を有しており、現金の支出につき支店長代理である被告人守安の指示を受けなければできないわけではないと認められる。従つて被告人西本が守安の依頼を受けて、被告人額田と共謀の上、被告人西本の保管する会社の金を正当な選挙運動費用に使われることを知りながら支出したとすれば公職選挙法第百八十七条違反の共同正犯の罪が成立する余地があると認められる。日通和歌山支店における現金の支出の権限は支店長代理である守安だけにあつて、被告人西本及び同額田は守安の単純な補助者にすぎないというような事実関係は記録上これを発見し難い。よつて原判決はこの点においても、事実を誤認しておるやに認められ、この誤認は判決に影響を及ぼすものであるから、破棄を免れない。従つて幇助罪であることを前提とする検事の論旨については説明の要なく、また予備的訴因の追加を許すべきものであることは第二において既に説明した通りである。

第四、被告人守安義一及び富田浅雄について。

検事は、被告人富田浅雄に対する原審の科刑は著しく軽きに失するの不当があると主張するけれども、所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても、原審の科刑は相当であつて不当な量刑ではない。

なお、被告人守安義一に対する検事の量刑不当の主張については、右説明の理由によつて原判決を破棄し、事件を差し戻すものであるから当審では判断できない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第三百九十七条第四百条本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 綱田覚一)

検事の控訴趣意

原審判決は被告人守安義一に対する選挙運動費用を出納責任者の文書による承諾なくして支出した行為(公職選挙法第百八十七条第一項違反、以下不承諾支出と略称す)並に飲食物提供行為(同法第百三十九条違反)につき起訴状の公訴事実記載の方法につき公訴提起手続の違反ありとして公訴棄却を、選挙運動報酬供与につき罰金五万円を、被告人西本芳太郎並同額田寛一に対する不承諾支出行為に付き被告人守安義一の幇助と認定の上同人に対し公訴棄却を命ずる以上それに従ふべきであるとして公訴棄却を、被告人大川正男並同渡辺玉夫に対する不承諾支出行為に付き事実の証明なしとして無罪を、被告人富田浅雄に対する選挙運動報酬収受に対し罰金五万円を各言渡したものであるが右守安義一に対する公訴棄却は法令の適用を誤つたもの、西本芳太郎並額田寛一に対する公訴棄却は事実の誤認の上法令の適用を誤つたもので、大川正男並渡辺玉夫に対する無罪は重大な事実の誤認あり且法令の適用を誤つたもの、被告人守安義一、並富田浅雄に対する量刑は著しく軽きに失すると認むるに足る充分な理由ありと考へられるので茲に控訴を申立てた次第である。以下其の理由を詳述する。

第一、被告人守安義一に対する公訴事実中「第一、被告人等は何れも昭和二十五年六月四日施行の参議院議員通常選挙に際し全国区候補者高木正夫の選挙運動をして居るものであるが(四)被告人守安義一は同年五月四日頃より同年六月七日頃迄の間前記高木候補選挙事務所等において出口秀雄等に対し、高木候補の選挙演説会場使用料選挙運動員弁当代労務者日当その他選挙運動に関する費用として合計約金六十四万円を支出し、第二、被告人守安義一は「(一)同年五月四日より同年六月三日迄の間和歌山市新堀北ノ丁二丁目五番地の被告人方等において吉田良一等多数の選挙運動員及労務者等に対し選挙運動に関し弁当約三千三十食丼物約百五十食等価格合計約金二十一万七千八百六十円相当の飲食物を提供し」たとの部分に対して原審は公訴棄却の理由として、「右公訴事実は併合罪を構成するものと解すべきで検察官は包括一罪であると主張するがこれを是認すべき何等の理由はない。従つて右各事実中にはそれぞれ多数個の支出又は飲食物提供の各独立した公訴事実即ち又訴因が含まれているものと云はなければならない。しかるに右各訴因はその日時、場所、相手方、数額等において全く不明であり、各訴因の間の区別は識別し得ないから何れも特定していないといふべきである。尤も検察官は本件第一回公判期日における冒頭陳述の際に又はその後の公判期日において「守安義一の法定外選挙費用一覧表」及「同飲食物提供一覧表」を各提出し之にそれぞれ各個の行為の内容の詳細を記載してゐるので各個の訴因は特定された観を呈してゐる。ところで刑事訴訟法第二百五十六条は公訴提起の要式を規定し公訴を提起するには起訴状を提出すべきこと、起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載すべきこと、訴因を明示するにはできる限り日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないことを命じている。さすれば訴因を特定することは起訴状記載の絶体要件であつて、これに欠くるところがあれば公訴提起は不適法として無効であり後日においてこれを補充追完することは許されないものと解すべきである。後述するように仮令予備的訴因の追加形式を執るともこれが補充追完を許されないこと同様である。故に訴因を明示特定しない右公訴は結局刑事訴訟法第三百三十八条第四項により棄却しなければならない。」と述べているが之について考へて見るのに

(一)先づ起訴状の記載方法に、公訴事実の特定がないとする公訴棄却の理由については後述する様に、検察官は包括一罪であると信ずるのであるが、仮に併合罪であるとしても起訴状記載方法として適法であると考へる。即ち原判決所論の様に公訴事実の記載は訴因を明示して之を為すべきことは法の要求するところであつてその記載方法が日時場所方法が具体的詳細に尽されていることは勿論望ましいことではあるが事案の内容、捜査進行の程度如何によつては総ての事件に付此の要求を満たすことは出来ない場合があつて、訴因の概念に付同一罰条説、事実記載説等あるが畢竟同裁判所に於ける審判の範囲を確立し被告人の防禦準備を為し得るに足る丈の具体性を備ふれば足りると解すべきであつて、その故に刑事訴訟法第二百五十六条第三項にも訴因を明示するには出来る限り日時、場所及方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないとあつて訴因は「できる限り」明示すれば足りるものと解せざるを得ない。然して本件公訴事実は一応日時、場所、方法が特定せられてをつてその内容は冒頭陳述の際提出した「守安義一の法定外選挙費用一覧表」及後に提出した「同飲食物提供一覧表」によつて明かとなつている様に具体的事実を基礎として之を集約したものであつて只漫然と包括記載したものではないのである。然も公訴棄却の判決は実体審理前の判決であつて裁判官が若しも起訴状に於て公訴棄却の理由ありとする時はその部分に付事実審理に入るに先立つて公訴棄却の判決を為すべきであるに拘らず裁判官は公訴事実の不特定につき何等検察官の釈明を求めず、公訴事実の特定を前提として検察官の全立証を促し数回公判を重ねて事実の審理を為し且後述する如く相被告人大川正男外三名に対し右公訴事実の共犯として之と同一内容の予備的訴因の追加をも許容したるに拘らず結審後突如として判決を以て公訴棄却することは裁判官の権威を失墜するのみならず、検察官としては該事実につき日時、場所を明確にし再び起訴した場合既に被告側に証拠の全部を知悉せしめ居るため新なる防禦をなさしめる結果となり被告側に訴訟を有利に展開せしめる危険性があるのである

更に之を既出の判例に基いて検討してみるのに原審判決は昭和二十五年三月四日東京高等裁判所第十二刑事部判決(高裁判決特報四号二七六頁)の理由とその軌を一にするものであるがこの判例は捜査の不備に対する注意的判決であるとの当該裁判官の意見を仄聞する処であつて判決理由の末段に於て犯罪の年月日のみならず時間の記載迄要求して居るが如き記述あるところよりも或は然らずやと思はれるもので、此の判例に対しては学者の反対意見(平野龍一「訴因概説」法曹時報二巻十一号三三頁三巻四号二六頁参照)もあつて其の後之に続く判例を見ないのであるが、別に昭和二十四年七月二十六日高松高等裁判所第一部判決(高裁判決特報第一号三五二頁)によれば併合罪の関係にある贓物故買罪を一括判示した原審判決を理由不備として破毀しているがこれと同形式の公訴事実の記載は適法であつて訴因の追加変更を以て足るとなし、又昭和二十五年五月八日札幌高等裁判所函館支部判決(高裁判決特報十号一二九頁)は横領の場所並に金額の記載なく且包括的に記載された起訴状は、それ自体有効であつて訴因の補充、変更により日時、場所、金額を明らかにして為された原判決は適法なりとしているのである。

以上の理由によつても原審の公訴棄却の判決は法令の適用を誤つたものと考へられるのである。

(二)次に原判決の所論右公訴事実は併合罪であつて包括一罪でないといふ理由について考へて見るのに所論の連続犯の規定が廃止せられたのは専ら実務上の要請に基いて従来の連続犯の観念がいたづらに拡張せられ軽微なる窃盗罪によつて判決を受けた後は強盗殺人罪等の重大犯罪に付ても処罰することが出来なくなつたので同一罪名の故に当然一罪とする法律上の擬制を廃して学理上の問題となされたのであつて真に単一の犯意に出て連続接着して為された犯罪については従来学問上法規にない接続犯の観念を認めて居つた如く別に罪数を確定すべく当然併合罪となすべきではないのである。

現に印刷機による銀行券、外食券の偽造の如き或は費消横領の如きはその事実の認定に当つて包括一罪として為すべきものであるとの実務家の意見が強く起つているのである。又学者間に於ても牧野博士は刑法改正以前より連続犯観念による擬制が余りにも拡張せられた故をもつて連続犯の規定を廃止して代りに論理上単一の意思をもつて為したりと認むる場合に限り連続犯を以つて律すべきであると主張せられておつたのであり。最近に於ては吉田常次郎博士が刑法第五十五条は廃止されても私は今でもドイツの通説判例の認めるやうな連続犯の観念は認めてよいと思ふと述べて居られる(吉田常次郎「訴因の変更」法律時報七五九号五頁参照)。

然らば本件公訴事実を包括一罪として主張する根拠は、本件公訴事実は次の如く単一の包括的な犯罪と見るべき理由が存するのである。即ち

(1) 本件犯罪は昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に際して全国区候補者高木正夫一個人の為の選挙運動として行はれたもので被害法益が特定選挙の特定候補者の選挙運動の公正に限られている。

(2) 犯罪の期間は選挙費用の支出に付ては昭和二十五年五月四日より六月八日迄、飲食物の提供については五月四日より六月三日迄で飲食物提供については之以上期間が延長されることなく選挙費用の支出に付ても前後数日を延長するに過ぎず極めて限られた期間であつて然も犯罪は此の期間内に一日数回乃至十数回反覆せられているのであつてこの犯罪を分割しようとしても截然と区別し得ない点があるのである。飲食物提供を例にとれば昼食、夕食としての区別が一応為され得るも厳密に考へればその一回の夕食といへども一度に飲食させた訳でなく運動員に順次手交飲食させた筈であつてその回数は殆ど細分し得ないと云ふべきであるにも拘らずその総数は全期間を通じては極めて明瞭なのであつて之を敢て数個の犯罪に分析しようとする事が単に労多くしてかへつて事実の正確性より遠ざかるもので斯かる場合は包括して一個の行為と認定することが寧ろ社会通念に適した事実の見方と思料する。

(3) その犯罪の場合に付ても選挙費用の支出に付ては和歌山市小松原通り七丁目二番地島本方高木候補選挙事務所一個所であり飲食物提供に付ては和歌山市新堀北ノ丁二丁目五番地被告人守安義一方居宅又は飲食物を調理した同市中之島紀和町七七七番地出口秀雄方に限られている即ち犯罪場所も単一といふべきである。

(4) 最後に犯意の点において選挙費用の支出に付ては守安義一が法定の費用丈では到底足らないといふので出納責任者でない渡辺玉夫に選挙費用の調達を依頼した時(検察官に対する守安義一の供述調書記録三五六丁)包括的に費用の不承諾支出の犯意が生じているのであつて後はその金額の増加に過ぎないのである。此れは承諾支出の場合出納責任者の承諾なるものは個々の支出について与へられず、包括して与へられ一定の資金二十万円ならば二十万円交附の時承諾を与へる様になつているところからも実情に徴して(伝馬梅次郎の検察官に対する供述調書記録七七丁)その不承諾支出の犯意の確定は個々の支出行為にあるのではなくその資金の受領の時にあるといふべきである。又飲食物提供に付ては勝野孝吉の検察官に対する供述調書記録二〇八丁に明かな如く選挙運動遂行中労務者及従業員等選挙運動に従事したものに提供しようと云ふ単一の意思に出でたものである。

以上に依つて明らかな如く本件公訴事実が被害法益、犯罪の日時、場所、犯意が一個又は極めて限定せられている限り之を包括一罪として見る事は何等法理上とも矛盾しないのである。之を連続犯廃止後その弊害に苦しんでいる既成観念を打破せずして併合罪と見ることは、捜査及公判に労多くて迅速なる処理を妨ぐるのみならず被告人の利益ともならないのである。

即ち捜査に当つて支出総額の確定は比較的容易であつても黙秘権の認められる今日帳簿や手控のない不承諾支出に付ては傍証のみによつて全部の支出の支払先を明らかにする事は困難である許りでなく恐らく之を併合罪と認定する限りその支出の傍証としてその支払先全部を書証又は人証によつて立証する事を要すべく然る時は多額の不承諾支出に付ては多数の証人喚問の必要を生ずるに至り判決の時は候補者改選の後であると云ふ愚を見るに至るであらう。又被告人に於ては包括一罪と見られる事によつて何等不利益を被らず一回の公判審理によつて判決確定しその地位も安定するのであるに反して併合罪とする時は刑の併合加重があるのみならず、恐らくは支出先の明らかな一部について先づ起訴判決を受ける事となり公職選挙法により延長せられた二年の時効期間中被告人は常に第二次、第三次の公訴の危険にさらされる。

之等の点について最近の判例の傾向を見るに昭和二十五年八月三十一日最高裁判所第一小法廷判決(法曹第二十三号十七頁)によれば二十三年六月より十二月に至る六回の物価統制令違反行為を包括一罪として認定した、原審判決は適法なりとし且之を併合罪と主張する弁護人の上告理由は被告人に不利益なる上告理由であるとして上告を棄却されているのである。

(三)又本件に於て仮に原審見解の通り併合罪としての事実を包括一罪として起訴せられているとしても右包括一罪の内容は判決に於ても認めている如く夫々「守安義一の法定外選挙費用一覧表」「同飲食物提供一覧表」によつて明らかとなつているのであつて右各一覧表の第一の事実は当然公訴事実中より看取せられる処であり且判決に於て訴因中不確実の日時を確定し数量、金額を変更する事は何等訴因の変更を要しないものであるから、右各一覧表の第一の事実は当然公訴事実中より看取せられる処であり、且判決に於て訴因中不確実の日時を確定し数量、金額を変更する事は何等訴因の変更を要しないものであるから、右各一観表中の第一の事実を認定すべきであつて右認定を為さずして公訴棄却を言渡したことは事実審理を経たる以上重大な事実の誤認があつたと言ふべきである。

(四)更に本件は釈明権の不行使があるのであつて公判期日の訴訟指揮は裁判長が之を行い(刑訴法二九四)裁判長は必要と認める時は訴訟関係人に釈明を求め又は立証を促すことが出来る(刑訴規則二〇八)と規定せられ之は勿論審理の円滑なる進行に資するもので且つ当事者主義的訴訟法の下に於て斯る職権活動は第二次的性格を帯びるものであらうけれども、裁判官が重要な事項について釈明を為さずして訴訟手続を進行する時は当事者双方の立証活動は右を既定事実として為される為、之と反する認定に立つ裁判官の判断は右の立証活動を無意義ならしめて当事者に予期せざる不利益を蒙らしめるので結局判決に影響を及ぼし控訴の理由となるものと解せられる。而して本件に於て裁判官は被告人守安義一に対する公訴事実に付き併合罪なりや包括一罪なりや釈明を為し注意を喚起することなく漫然事実の審理を終了した上で公訴提起の手続の瑕疵を以て公訴を棄却したのであるが、前叙の如く併合罪なりや包括一罪なりやは法律上の見解に過ぎず若し不適法なりとするならば直に釈明を求めて直に公訴を棄却すべきものであるに拘らず当事者双方には適法なりとして前記手続を進行せしめ審理四月の後判決したもので、被告人も検察官も長く判決不確定の不安定なる状態に曝される不利益を蒙つたことは訴訟手続の瑕疵が判決に影響を及ぼした一理由とせざるを得ない。

(五)尚原審判決は包括一罪としての訴因は併合罪に変更を許さずとの見解を表明して居るが之は既に第一段に於て述べた如く東京高等裁判所に同旨の判例のある外、他の裁判所に於ては訴因の変更を許すとの判例を出して居り、併合罪と包括一罪との間の関係は事実問題であるが如きも裁判上に於て争のある多くは事実に対する法律評価の問題たること多く(同一家屋内に於て数人より又は数回に竊取し、一個の欺罔行為に依り数回に騙取するが如く)法第二百五十六条第三項は「出来る限り」具体的なることを要求し法第三百十二条第一項が訴因の変更のみならず追加も認めると云ふ趣旨は牽連の関係に在る訴因のみならず一罪としての起訴を二罪に変更することを許す趣旨であることは当然である。

第二、次に被告人大川正男同渡辺玉夫に対する公訴事実「第一、何れも右高木候補の出納責任者に非ずして法定の除外事由ないに拘らず(一)被告人大川正男は(イ)同年五月九日頃大阪市北区梅田町九十二番地日本通運株式会社大阪支社に於て渡辺玉夫に対し和歌山県下に於ける高木候補の選挙運動に関する費用として現金弍拾万円を手交して支出し(ロ)四月二十七日頃前同所に於て前同人に対し前同様の費用として現金弍拾万円を手交して支出し(ニ)被告人渡辺玉夫は(イ)同月九日頃和歌山市中之島七百七十一番地日本通運株式会社和歌山支店営業所に於て守安義一に対し和歌山県下に於ける高木候補の選挙運動に関する費用として現金弍拾万円を手交して支出し(ロ)同月二十七日頃前同所に於て守安義一に対し前同様の費用として現金弍拾万円を手交して支出したものである、に対しては右公訴事実通りの金員交付の事実を認定し乍ら「而して又右金員交付の趣旨については被告人守安、同渡辺及大川が順次協議の上右高木候補の為選挙運動に払つて居た日通和歌山支店の従業員等に対し昼食、夕食等の辨当その他の飲食物を提供する為の資金として授受されたものであることが認められる。処が公職選挙法第百八十七条所定の選挙運動に関する支出とは同法に定められた運動方法に関する支出を指し、飲食物提供の様な不法な選挙運動(同法第百三十九条違反)に関する支出の如きは含まないと解するを相当とするので被告人大川及同渡辺の右各金員の支出が右認定通りの趣旨のものである限り同条所定の選挙運動に関する支出とは云えない。その他これを適法な選挙運動に関し要する費用として交付したと認むるに足る証拠はない」として無罪の言渡をして居るのであるが

(一)右の「日通和歌山支店の従業員等に対し昼食、夕食等の辨当その他の飲食物を提供する為の資金として授受せられたものであることが認められるが……その他之を適法な選挙運動に関し要する費用として交付したと認むるに足る証拠はない」と云ふ認定は事実の誤認であると認められる。即ち検察官に対する大川正男の第二回供述調書記録三一二丁には「私としては運動員に提供する辨当其の他飲食物代の外応援弁士の交通費宿泊料及び弁士に対する謝礼等は法定費用では出にくいのでそれ等にも金が要り又メガホン、たすき、のぼり等の購入代その他の雑費に金が要るのだと思つて四十万円を渡した」旨、検察官に対する渡辺玉夫の供述調書(記録三二五丁)には「従業員で選挙運動をする者のみを対象として右四十万円を支出するのではなくその外の選挙のための雑用にその金を使うだらう事は懸念しておりました」旨の各供述記載があるのであつて辨当代のみでなく他にも支出されることを諒知の上交付したことは明らかな処である、唯公判廷に於ては専ら辨当代として或は会社の厚生費として交付した如く述べて居るが、検察官に対する守安義一の供述調書(記録三五六丁)には守安が辨当代として限定せず金策を依頼し、且辨当代以外の諸費用として受取つた趣旨の記載があり、又会社の経理或は厚生の担当に非ずして選挙運動事務に携つて居る庶務課長の大川正男に依頼して同人が交付して居る事実よりするも公判廷に於ける陳述が単なる弁解に過ぎないものと認められるのであつて、右公判廷の弁解を措信して漫然事実を認定した原審判決は事実の認定に重大な誤認ありたるものと言ふべきである。

(二)仮に被告人大川正男、同渡辺玉夫の検察官に対する供述は未必の故意にあらずして認識ある過失の程度を出ずとするも不承諾支出罪は公職選挙法第二百五十条第二項に重大な過失による時と雖も処罰せられるのであるから選挙中交付せられる金は一般の選挙運動費用に支出せられる危険ある事は当然の事であるから結果発生に付最善の防止手続をとるべきであつて、右行為に出でたりと認め得ない被告人両名は重過失としてその責に問はるべきである。

(三)次に公職選挙法第百八十七条所定の選挙運動に関する費用の支出には飲食物提供の如き不法な選挙運動に関する支出を含まないとの法律解釈には承服出来ない処である。即ち右法律解釈は衆議院議員選挙法当時大審院刑事部判決(例昭和五、一一、二八、昭和一二、六、三〇)に現たれた処であるが現行公職選挙法に於ては出納責任者は総ての寄附及収入、選挙運動に関する総ての支出(公職の候補者の為に公職の候補者又は出納責任者と意思を通して為される支出を含む)寄附者及支出者等の住所、氏名、年月日、金額等詳細なる帳簿記載義務並に報告の義務を課して選挙運動費用の公開を期して居るのであつて違法な選挙運動費用と雖も公開の責を免れないもとの解されるに至つたその結果選挙費用の不承諾支出行為についてもその観念を変更しその使途の如何を問はず不承諾支出行為として処罰するのでなければ所謂匿名の寄附を禁止したる(法第二百一条)目的も遂に達せられずに終るであらう。然し従来の判例は違法なる選挙運動の費用を報告することは出納責任者にその共犯なることを自供せしめることゝなつて之を期待することが出来ないと云ふのであるが、費用支出の承諾は出納責任者に於て支出内容を具体化せず一定金額の支出を承諾し後に具体的報告を受ける場合もあるのであるから(前記検察官に対する伝馬梅次郎の供述調書参照)その不合理は存しないのみならず飲食物提供行為について不承諾支出の成立を認めざる場合は次の様な不合理が生ずる。即ち

(イ)飲食物提供に対する法定刑は二年以下の禁錮又は三千円以上五万円以下の罰金(法二四六条)であるに対し、不承諾支出は三年以下の禁錮千円以上五万円以下の罰金(法二四六条)であつて同じ不承諾支出であつても適法なる選挙運動に費用を支出した場合の方が法定刑が重いと云ふ不合理を生ずる。

(ロ)飲食物提供の為の費用支出は不承諾支出を成立しないと云ふのであれば旗、幟、宣伝用具を購入したる時は直に不承諾支出が成立するに対し、飲食物提供の犯意を以つてする為の米、薪炭の購入は未だ炊飯して提供しない限り何等犯罪を構成せずとの不合理があるのみならず、更に一歩進めて飲食物として提供する意志で、米、薪炭を購入代金を支払つたが後に考を変へて薪炭は煖房用に使用し、米はその侭分配したと言ふが如き事案が発生したとすれば如何にして取締りを為し得るか甚だ処置に迷はざるを得ないのである。尚判例は何れも衆議院議員選挙法当時であつて、費用を伴ふ不法の選挙運動は買収事犯を除き同法第九十八条の二文書の制限程度であつた。公職選挙法に在つては費用を伴ふと考へられる不法選挙運動は飲食物の提供、自動車、拡声器、船舶の使用、文書、図画の頒布、ポスター、新聞広告の制限等非常に多く、之を何れも右違反の一罪としてのみ制限して考へるよりは選挙費用の不承諾支出として審理することが簡易迅速であるのみならず抑々右の如く選挙運動を制限した趣旨が経理を公開し出来る限り少い費用で公正な選挙運動を為さしめようとするのである限りその根本たる不承諾支出罪をもつて処断することが法の精神に適つたものと言はざるを得ないのである。

(四)更に原審判決は検察官が被告人大川正男、同渡辺玉夫に対して為したる予備的訴因の追加に対し右訴因の追加は原公訴事実が一個の訴因たるに対し多数の訴因を含むものであるから同一性を欠くものとして許されるべきものでないとの判断を下して居るが検察官は前叙の如く右予備的訴因でも包括一罪として一個であり然らずとするも一個の訴因を数個の訴因に変更することも同一性を害するものでないと考へるので前述の意見に更に附加すべき点がないが仮に原審が右の如く予備的訴因の追加を同一性を害するものと解するのであれば原審第六回公判調書(記録第五九六丁)に明らかなるが如く右訴因変更を許した原審の処置は同一性を害する訴因の変更は許すべきでないとした刑事訴訟法第三百十二条第一項を無視したものと言はねばならないのである。

(五)尚原審第六回公判に於て裁判官が訴因の変更を示唆された理由は被告人大川正男、同渡辺玉夫、同西本芳次郎、同額田寛一の各支出行為は選挙費用の支出行為に非ずして被告人守安義一の支出行為の為の準備行為に過ぎないとの意見に基くものであるが検察官は次の理由によつて起訴状記載の公訴事実の正当なることを主張するものである。即ち衆議院議員選挙法に在つては議員候補者選挙委員のみが選挙事務長の文書に依る承諾を得て費用を支出し得たのであるが右以外の者は演説、推薦状に依るの外選挙運動の費用を支出することは一切許されないのであるが公職選挙法に於ては選挙委員なる者を廃した為選挙運動の費用を支出し得る者を出納責任者のみに限ることは不合理となつたので何人でも出納責任者の文書に依る承諾を得て之を支出し得ることゝ定めたのである(衆議院議員選挙法第百一条、公職選挙法第百八十七条)。然し乍ら同条は単に選挙費用が法定額を超えて支出消費せられる事を抑制することのみの法意ではなく法定額を超える虞ある行為を抑圧すると共に買収犯等をも防遏する為に選挙に関し全員が出納責任者に集約せらるゝ明かなルート以外に於て流れることを禁止したもので従つて之が違反は全員流出の各段階に於て成立するものと解すべきであると考へる。而して選挙費用の支出の承諾を受くる者を最終支出者とのみ解するならば被告人大川、同渡辺の支出行為は被告人守安の支出行為と相俟つて殆めて犯罪を成立せしむることゝなり数人より資金の支出を得てその一部につき支出の承諾を得ている時は何人の支出が承諾ありたるものか不明となり処罰と為し得ないのみならず法が重過失をも処罰せんとしてゐる趣旨に徴しても法の所期する効果を挙げ得ざるに至るものである。

第三、被告人西本芳太郎、同額田寛一に対する公訴事実 「被告人等は孰れも昭和二十五年六月四日施行の参議院議員通常選挙に際し全国区選出候補者高木正夫の選挙運動をしていた者であるが被告人両名は共謀の上同年六月三日和歌山市小松原通七丁目二番地島本方高木候補事務所に於て守安義一に対し和歌山県下に於ける高木候補の選挙運動に関する費用として現金五拾万円を被告人額田寛一より交付して支出したものである」との事実に対しては被告人両名意思を通じて選挙運動費用として右公訴事実の日時、場所に於て被告人守安に現金五十万円の手交せられた事実を認定した上で原審判決は「而して又被告人守安は日通和歌山支店長代理で高木候補の為和歌山市及紀北方面に於ける選挙運動を統轄主宰して居た者被告人西本は同支店の経理課長、被告人額田は同庶務課長で孰れも被告人守安の下僚であり右選挙運動に関してもそれ程高い又深い関係ある地位、立場になかつたこと、右五十万円は守安の求めにより会社の金を出金したことも認め得る、そこでこれ等の点並出金当時の模様等から判断して右金員の手交は被告人西本及額田の独立の意思に基くもの即ち独立の支出行為とは認め難く単に被告人守安の求めに応じ運動資金なることの情を察し乍ら出金手交し被告人守安が右選挙運動に関し現実の支出を為すことを容易にしてその犯行を幇助したものにすぎないもの」と認定しているのであるが

(一)右の幇助犯と言ふ認定は被告人西本は経理課長であつて現金の支出につき独立の支配権限を有して居り被告人守安の依頼は通常の経費支出の方法に依らず単なる電話による依頼であつて拒絶し得べき立場に在つたのであり被告人額田は庶務課長であつて右支出に付、特別支配命令を受くる立場でないに拘らず敢て之を支出し後に帳簿の改竄等を為しているのであるから(記録第三九八丁)右被告人等の行為は幇助犯と言ふよりは共同正犯と言ふべきでありこの点事実の誤認があつたものと見るべきである

(二)次に仮に被告人西本、同額田が幇助犯なりとした場合、その罪数は正犯の行為に依つて定まるべきであるとして居る点については異論はないが正犯たる被告人守安の不法支出行為は訴因不特定の故に公訴棄却すべきものであるから被告人西本、同額田の幇助罪についても訴因は特定せられず公訴は無効に帰すると言ふ理由については訴訟手続の違背ありと言はざるを得ない。即ち起訴状に於ては被告人守安と被告人西本等の犯行は夫々独立した正犯として起訴せられて居るのであつて被告人守安に対する公訴事実の瑕疵は被告人西本等に何等影響を及ぼすべきではなく原審に於て被告人守安の幇助犯なりとの認定に到達したる時に於て通説によれば正犯を幇助犯に認定するには訴因の変更を要しないのであるから現に取調べられた証拠に基いて昭和二十五年六月五日山下こはるに対し金一万四千円支払つた事実以下の支出幇助犯として認定するか或は通説に従はずしてこの点に於て訴因の変更を命ずれば足るのであつて同一起訴状に記されたるも相互に引用されて居らない他の被告人の起訴状の事実の記載の瑕疵を以て公訴を棄却するのであるならば万一正犯を分離して起訴公判に附せられたる時は引用すべき正犯の事実がないといふ理由で公訴を棄却するといふ不合理な結論が生ずるであらう。

(三)尚被告人両名に対する予備的訴因の追加についても前示被告人大川等と同様の理由を以てその追加を請求すべきものでないと判示して居るが之に対する検察官の見解も前示第二の(四)同様である

第四、被告人守安義一、同富田浅雄に対して原審は「被告人守安義一及同富田浅雄等は何れも昭和二十五年六月四日施行の参議院議員通常選挙に際し全国区選出議員候補者高木正夫の選挙運動をしていた者であるところ 第一、被告人守安義一は昭和二十五年六月六日頃和歌山市新堀北ノ丁二丁目五番地の自宅において被告人富田浅雄に対し同人並同人が副幹事長をしている菊堂会(代議士山口喜久一郎の後援会)の会員が右候補者の為選挙運動をしてくれたことの報酬として右菊堂会に対する寄附名義を以て現金五万円を供与し 第二、被告人富田浅雄は前同日同所において被告人守安義一より自己等菊堂会員が右候補者高木正夫の為選挙運動をしたことの報酬の趣旨で供与せられるものであることの情を知りながら菊堂会に対する寄附名義の下に右現金五万円(証第十六号)の供与を受け」たとの事実を認定して何れも罰金五万円に処したものであつて原審が罰金刑を選んだ理由は先づ富田浅雄について右供与を受けた現金はその所属する団体へ寄附したものであつて自己が領得して居らないと言ふ点にあるのでないかと思はれるが選挙運動の実体は従来の顔役又は俗に言ふ親分子分と言ふ関係より組織へと移りつゝあるのであつて選挙の買収行為も発覚の危険の多い個人への供与よりは団体への寄附或は利害誘導の形に移りつゝあるのである。然して菊堂会なるものは検察官に対する富田浅雄の供述調書記録三七七丁押収に係る菊堂会会計綴によつて明らかなる如く代議士山口喜久一郎の後援団体であつて純粋なる政治目的の組織と言ふべきである。右組織が真に後援の成果を挙ぐるは同氏の選挙の際なることは当然予想せられるのであつて右組織に依つて富田浅雄が選挙運動を為したる報酬として供与を受けたものでその守安との連絡運動方法を見るに当然体刑を以て臨むべきもので罰金刑は軽きに失するものと言はねばならない。尚或は富田浅雄の依頼した会員が具体的に選挙運動を為し居らざる如き始末書もあるけれども右は富田浅雄の供述調書(記録三八八丁)に記録せる如く取調の波及を虞れて事実を隠蔽したものと言ひ得るので強ち事実の真相を明らかにしたものとは言ひ得ないのである。又被告人守安義一については、右富田浅雄に対する供与者であつて、公判に於ける弁解も措信し難く改悛の情見るべきものがないのであるから、その量刑軽きに失する事は言はずして明らかな処である。原審判決は以上所論の如く重大なる事実の認定を誤まり或は法律の解釈を誤り或は訴訟手続に違背あり当然破棄を免れないものと思料する。

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